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◆河童倶楽部通信 14  飽食の時代について考える 
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 いよいよ1900年代もあと3日を残すのみとなりました。私も今日から
年末年始の休暇が始まりました。6日間の休みというと、最初は長いよう
に思えても、あっという間に終わってしまうという例年の反省があるので
今回は、土日以外は出勤するのと同じ時間に起床しようと心に決めました。
 私はどちらかというと夜型のタイプなので、職場でも午前中は情報収集や
身辺整理などから取り掛かり、午後から夜にかけてが、報告書の作成など
集中力を要する仕事を片づけています。こうした生活パターンは生理的な
ものがあって、いまさら朝型に変わるのは困難かも知れませんが、集中力
を朝から発揮できるようになれば、少しは残業時間も減るのかと思います。
「一年の計は元旦にあり」じゃぁないけれど、せめてこの休暇中は朝から
河童倶楽部通信の執筆などに取り組みたいと一念発起で起きてきました。
 
 昨日は、職場で"御用納め"という10分程度の行事があって、愛知県知事
挨拶(同時放送で県内の全役所等に流れる)に続く事務所長のスピーチが、
私にはたいへん共感できる内容でしたので、それを引用しながら書きます。
先回は、日本人は近い将来「物質的豊かさ」を失い「心の豊かさ」を
求める時代になると書きましたが、我々はなぜ物質的な豊かさを失うのか実感
できないことと思います。それに関するスピーチだったのです。
 
 現在の世界人口は60億人に達しております。1950年に25億人でしたが、
最近の半世紀で2.4倍と急激な増加をたどっています。今後もさら2020
年には80億人、さらに2050年には100億人に達するとの予測もあります。
人口の増加は、地球環境などにいろいろと影響が出てきますが、最も深刻
な問題は食糧問題です。
 
 現在の日本は、国内の食糧自給率は46%しかありませんが、自動車等の
工業製品を輸出したお金で外国から食料を買っているので「飽食の時代」
とよばれるぐらい、食べ物に不自由のない生活をしています。『美味しい
ところだけ・・』というコピーがありますが、欲しいものを食べたいだ
食べて、余った食料を平気で捨てています。同じ地球上には普通に食べる
穀物さえ不足し、たくさんの人が飢餓で死んでいる国もあるというのに。
そうした極端なアンバランスの上で、日本人は充足した生活を送っている
ことに気が付かなくてはいけません。食料の需要と供給について、地球上
のキャパシティを試算すると、地球人口80億人が食糧供給についての限度
という説がある。あと20年先には、地球規模で深刻な食糧不足が生じる事
態が迫っているのです。現在のような穀物の大量輸入・大量消費・大量廃
棄という、日本だけの贅沢は国際協調上からも容認されなくなるであろう
し、経済的にもそれが不可能になるのではないかという危惧があります。
 
 現在の日本は、世界一お金持ちの国になりました。それは国民が総力を
揚げて教育や産業育成に一生懸命取り組んできたため、外国との経済競争
に勝ち、自動車や電気製品など外国では作れないものを作れる技術を身に
付けたからです。一方では受験戦争や自然破壊、過労死や家庭崩壊とか、
それらから生ずる『心の病気』などを犠牲にしながらも、経済的な優位性
を築いてきたのです。「100円ショップ」の店頭には、生活に必要な様々な
ものが並んでいますが、ビニール傘や洋服や時計など、相当な手間とか材
料のかかったものまで100円で買えます。こうした常識で考えられないこと
の背後には必ず犠牲になっているものと反動があるはずです。多くの人々
は、そうした恐ろしさに全く気がつかずに、「物質的な豊かさ」に酔い続
けているように思えてなりません。
  マザーテレサが日本に来られて、次のように語ったそうです。

「現在の地球には飢えた地域が2つある。一つは食料が乏しいアフリカで、
 もう一つの場所は、人々が'心'が貧困になっている日本です。」

 贅沢というものを覚えた今の日本人は、国の発展のため、全てを優先さ
せて、仕事や教育に一生懸命取り組めなくなりました。これは、ある意味
では大切なことなのですが、今まで日本の経済的な独走を許し犠牲となっ
てきた国々が「ウサギさんが眠っているうち追いつくカメさん」の如く、
技術的に日本に追いつき、やがては追い越していくことを覚悟しなくては
なりません。そうなると外国諸国の生活水準ははるかに上昇し、今までの
ような不当な為替レートは撤廃されて、外国のものは高くなります。
100円ショップが消滅するだけでなく、食料さえも満足に手に入らなくなる
わけです。こうした「物質的な豊かさ」を失うことは、もうどうしようも
ないことだと思います。だからこそ日本人はそうした現実に気づき、早く
「心の豊かさ」を見つけられるように、生活意識を切り替える必要がある
と実感しております。
 
 愛知県は昨年あたりから財政的な破綻が始まったため、私の給料も抑制
措置が取られたり、事業費が半分以下に減少してきました。来年以降も、
まだまだ減少の一途を辿るという悲観的な状況になっているのも現実です。
だから、これから新たな事業に着手するのはきわめて困難になりますが、
幸いなことにバブルの時代に計画し作り始めた都市施設が、概ね完成して
きていますので、文化に触れることのできる場所がかなり増えてきました。
2000年代の幕開けとともに、日本人は物質的な充実という頂点から、急な
坂道を転がり落ちていくという不安がありますが、自分の心掛けしだいで
余暇を充実させることができれば、少なくとも心の面では充実した新しい
21世紀を一年後に迎えられるのではないかとの意識で、2000年を過ごし
ていきたいと思います。皆さまもどうか、良いお年をお迎え下さい。
 
┏■クリスマスツリーと街のライトアップ ━━━━━━━━━━━━┓
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 最近は、夜景の鑑賞に凝っており、季節はちょっと過ぎてしまいました
が、神戸と名古屋で撮影したクリスマスツリーの写真を2点掲載します。
 
 上の写真は神戸のバーバーランドという臨港部に最近作られたモザイク
という商店街のものです。ここは海に面した木製のデッキを取り囲むよう
に木造2階建ての商店が迷路のように配置され、海風を感じたり、汽笛を
聴きながらのんびりと過ごせるお気に入りの場所です。
 
 夜景の楽しみ方として、ルミナリエのようにそのもの自体が光るならば
陽もドップリ暮れた7時以降が美しいのですが、写真撮影を楽しむならば
日没直後、空が青色(または茜色)から黒色にグラディエーションが掛か
る頃、太陽光の余韻と照明の明かりが混じり合う5時頃が最も美しく感じ
られます。冬の風は冷たく人影もまばらですが、なんだかとても暖かみの
ある写真が撮れたように思えるのですが、いかがでしょうか?
 神戸MOSAICのクリスマスツリー
 
 次の写真は私の地元名古屋です。名古屋には街の中央に「100m道路」
という中央に公園がある幅の広い街路が2本あります。市の中心地は、
「栄」という場所ですが、そこを南北に抜ける「久屋大通」の中央に、
テレビ塔で有名なセントラルパークという公園があります。
 この「ブルイッシュクリスマスツリー」は、高さは12mあり、1万
球の青いイルミネーションに包まれた、宝石箱のようなツリーでした。
また12体のサンタクロースがよじ登る姿がユーモラスな印象でした。
 
 名古屋も都市景観にかなり力を注いでいる都市で、10年ほど前に
「名古屋国際デザイン博」開催以来、随分と魅力的な街になってきた
ように思います。そう言えば、神戸も「ポートピア神戸」という印象
に残るイベントの成功で街の活気が増したというのが共通しています。
ちなみに、どちらも日本に12ある政令指定都市の一つです。人口は、
神戸が144万人 vs 名古屋が209万人。以前、福岡(125万人)と名古
を比較しましたが、街の魅力と賑やかさにおいては、名古屋やや
遅れているようです。
 名古屋Central park のクリスマスツリーとテレビ塔
 
 先回のルミナリエに関して、新潟県のYさんよりお電話を頂きました。
私の写真を見られて心が動き、急に思い立って神戸へ出掛けられたとの
ことでした。昼間の街でいろんな人の親切に触れて見どころを聞いたり、
市役所最上階の展望台から見下ろした夜景の美しさのことや、何よりも
ルミナリエの芸術的な美しさと雰囲気に私同様に感激されたとのお話を
伺い、河童倶楽部通信を執筆していて良かったなぁと嬉しくなりました。
 
 私も若き頃は、旅先で出会った人に会いたくなって新幹線に乗ったり
小説の舞台を歩きたくなって夜行列車に乗ったりしたものですが、人は
その時、その場所に行かないと味わえない体験というものが無数にある
はずです。そうして味わう感激の一つ一つが、どれだけ人の心を豊かに
してくれるものか、お金に換算できないような価値を感じます。生きる
上で仕事は最優先です。しかしともすれば自宅と職場との間の単純往
運動に明け暮れる日常生活の隙間で、ふらっと第三の場所へ自分の体
持っていきたい。そうした欲求のために余暇と貯金を使うのが有意義な
生活の一つと言えるのではないのでしょうか。
 
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